2005年8月26日金曜日

World Cyber Games。



さて、まずはこのページにあるプロモーションムービーを見てもらいたい。(サイトはIEでのみ動作する模様)

2000年から開催されている世界ゲームオリンピック「WorldCyberGames(WCG)」。

昨年はサンフランシスコで開催され59ヶ国から642人の選手が参加、世界最大規模のゲームトーナメントイベントとなった。5回目の開催となる今年はIT大国のシンガポールで11月に本戦が行われる。

まず、目を瞠るのが賞金の規模。9タイトルで開催されるWCGの総合賞金額は42万USドル(約4600万円)と、松井がこの前参加したEVOとはまさに「桁違い」だ。

採用されているタイトルはPCゲームから6タイトル、コンシューマゲームから2タイトル、スペシャルトーナメントとして、PCゲームがもう1タイトル。

■PCゲーム

Counter Strike Source (日本予選開催タイトル)

FIFA Soccer

Need for Speed Underground 2

StarCraft Brood War

WarCraft III: The Frozen Throne

Warhammer 40,000: Dawn of War

■コンシューマゲーム(Xbox)

Dead or Alive Ultimate (日本予選開催タイトル)

Halo 2

■WCGスペシャルトーナメント

Freestyle

FPSが2タイトル、RTS(リアルタイムストラテジー)が3タイトル、スポーツが2タイトル、そしてレースゲームと格闘が1タイトルずつとなっている。

ここでひとつ、あることに気がつかないだろうか。

これらのゲーム、「日本ではほとんどプレイヤーがいない」ことに。

「人気がない」のではない。日本でもこれらのタイトルをバリバリプレイしている人もいるし、シリーズ最新作が発売されれば、必ず購入する人もいる。

しかし、いずれも日本で「ヒットの基準」のひとつとされる「ミリオンセラー」のタイトルでは、ない。おそらく、この中で最も売れているタイトルは「Dead or Alive Ulitimate」の推定販売本数5万本程度ではないだろうか。「だってPCだから」とか「Xboxじゃあ……ねぇ」という問題ではなく、世界規模の大会でこれらのタイトルが採用されている事実。




ここからはあくまでも松井の推量ではあるが、日本では90年から始まった対戦格闘ゲームのブームがあった。しかし、それをさらに昇華するような受け皿を作ることができなかったため、つまり「対戦ゲームプレイヤーのモチベーション」を保ち続けることができなくなったため、対戦モノの文化は衰退していったのではないか、と考えている。

タイトルによる向き不向きは往々にしてあるとしても、決して「ゲームが面白くなくなった」わけではなく、ただプレイヤーが「ゲームを楽しめなくなった」のではないか、プレイすることによって引き換えにされる「お金」や「時間」が「ゲームを純粋にプレイすることの楽しみ」だけでは補えなくなってきたのではないか、と。

特に、対戦ゲームの場合は一人用のものとは異なり、「勝てなければ負ける」という単純なルールがある。

「勝つためには練習が必要」という最初の関門に対して「game」を「遊戯」として見ている人は「なんでそんなことが必要なんだ?」という疑問を覚えてしまうだろう。

WCGの「game」は「競技、勝負」としての「game」のニュアンスに近い。ありとあらゆる競技には練習が必要であり、誰かと競わなければ勝利は得られない。

そういう意味もあって、現在日本で「e-sports」という言葉を普及させようとしているのではないだろうか。

日本のお家芸の一つである「ゲーム」。

ここいらでひとつ、世界規模の競技として完成されたタイトルを送り出してみる、というのも悪くはないんじゃないか。ハイクオリティなグラフィックやサウンドばかりを追求したタイトルではなく「100年後も遊ばれ続けるビデオゲーム」の形をそろそろ見てみたい、そんな気がする。




WCGについては、今後も追いかけていく予定。

この件について、みなさんの声をぜひ聞いてみたいです。




イベント遍歴:GROUND=ZERO



2000年6月~12月頃までAP(Assistant Producer)としてお手伝いさせていただいたクラブイベント。


渋谷のClub Asiaで毎月第三金曜日(だったかな?)、月に一度開催されていたイベントで、毎月1000人近いお客さんに来ていただいていた。


当時お手伝いをさせていただいていたVJソフトのプロモーション+まだ立ち上げたばかりのteam StrayDogsの経験値上げのためにやらせてもらっていたのだけれども、「楽しければいいや!」の勢いが多く、ビジネス的にどうこう、なんてのは二の次以降だった自分にとって、収益をしっかりと考えるイベント運営のお手伝いができたのは非常にいい経験となった。


DJさん、VJさんを含めると20人以上のスタッフがいて、彼らが大混雑の会場の中でいかに効率よく動いてもらうか、ほとんどボランティアに近い状態のスタッフに対してなるべくストレスのかからないように、気持ちよく働いてもらうか、などを実地で学べたのは、その後のイベント運営に大きな影響を与えている。


特に、スピーディーな設営と撤収はこの時期に徹底して学ぶことができた。


当時、大学二年生(一回目の)だった自分と、ほぼ無給に近い状態にもかかわらず手伝ってくれたスタッフたちには本当に感謝している。


今でも当時のスタッフの何人かとは連絡を取っているが、みな元気でやっているようなので何より。


この当時「MEM project」のコバジュンさん、「Akari(当時はSalcon Graphics)」のHinoさんに出演していただいていたのだけれども、お互いに覚えておらず、数年後に行われた「Legend」で改めてご挨拶をして、その後、自分主催のイベントでVJをやっていただいたりと、GROUND=ZEROから始まったご縁も多い。


正直なところ、現時点の状態で毎月定例でクラブイベントをやるには、精神的、肉体的、金銭的にもなかなか厳しい状態にあるけれども、もう少し余裕がでてきて、かつクラブの近くに住むことがあったなら、定期的にやってみたいなぁ、とも思っている。


「難しいことは考えなくてもいいから自分の好きな音楽と映像を、自分の好きな仲間と楽しめる空間」ってとっても素敵だから。





2005年8月24日水曜日

イベント遍歴:GameJAM in SapporoAmuseum..



やや時間をさかのぼって、99年から札幌駅近くのゲームセンター「札幌アミュージアム」(現在は閉店)で開催させていただいた「GameJam in Sapporo Amuseum」のお話を。

当時、INTI渋谷で月に一度のレギュラーイベントとして運営していたGameJAMを一時休業して、東北エリアで数回開催していたときのお話。

札幌エリアの常連さんから「自分らのところでもやってくださいよ」というお言葉をいただいたので、札幌アミュージアムに無理やりアポを取り、単身北海道へ行き、打ち合わせを行い、イベント開催を決定していただいた。

今考えると、二十歳そこそこのケツの青いガキの話なんて、よく聞いてくれたもんだ。

で、MC兼VJ(おいら)、DJ、アシスタントの編成で、毎回5人~7人が札幌へ行き、「鉄拳シリーズ」から「ダンスダンスレボリューション」、「パカパカパッション」など、さまざまなゲームのイベントを開催した。前日に現地入りし、イベント翌日に帰途につくという超強行軍だったけれども、なかなか面白い経験ができた、と思っている。

札幌についたところで、メシはアミュージアムの隣にあるサンクスの弁当か、店の向かいにある回転寿司くらいしか喰えなかったけれども、それでも十分に楽しめた。



99年の1stから01年の3rdまで、都合3回札幌でGameJAMを行ったが、いずれもノルマであった「前年比売り上げ150%」を達成し、店舗側や本社にも面目をたたせることができた。

ギャラは交通費と宿泊費でぶっ飛んでしまい、さらに赤字も出るほどだったけれども、あのころに「他人様の金でイベントをやる」ことでイベント運営に何が大事なのかを体で理解できたのは大きい。

くさいようでアレだけれど、札幌のお客さんたちは本当にうれしそうにイベントに参加してくれていたのが印象的だった。

イベントを続けられたのは「またやってくださいね!」の言葉を最後にかけてくれる人たちがいてくれたおかげ。

いま、もう一度同じ場所でイベントをやれるとしたら……もっといろいろな仕掛けをつくれるんだろうなぁ…。

第一回の記事

第二回の記事

第三回の記事




イベント遍歴:Project FireWorks ”Line of Contact”



去年の今頃は、4回目になる「project FireWorks Line of Contact」の企画を進行していた。ネタはXboxの鬼っ子「鉄騎大戦」の最初で最後のトーナメント戦。


「鉄騎大戦」は全長1m近い巨大なコントローラーを操り5vs5でオンライン対戦をするアクションゲーム。超高品質なネットワーク回線を要求する「鉄騎大戦」はラグが起こるとその時点でゲームがストップする完全同期型のオンラインゲームなのでネットワークアクションゲームにありがちな弾やオブジェクトがワープするという現象は起こらないものの、恵まれた環境にいる仲間を見つけないと、ほとんどまともにゲームが出来ないという状態だった。


そんな中、紆余曲折があり、メーカーから公式クランとして認定していただいていた「野良犬小隊」でのイベントをやるか、と思いついてマイクロソフトへとイベントの話を持ち込み、開催の運びとなった。


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Xbox:30台


鉄騎:15セット


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自分で企画しておいてなんだが、正気の沙汰とは思えないイベントだった。


参加人数120人。


都内で開催したいままでのイベントで最も参加人数が少ないが、最もクオリティが高かったんじゃないかなぁ、なんて思ったりしてる。


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話の流れでとある書家さんに無理矢理たのみこみ、イベント用の書も揮毫していただいたり。この方、今は超有名になられていて、あのタイミングじゃなかったら断られてたかもしれない。





んで。





イベントを開催するときは、それも特に無料の、赤字確定のクソイベントを開催するときは、やっぱり「参加者」の喜ぶ顔が見たいかどうか、っていうところが大きな原動力になる。


鉄騎プレイヤーたちが「夢の10人ラグなし対戦」をどこまで喜んでくれたかはわからないけれど、少なくともウチのクランメンバーたちは喜んでくれてたのでよしとする。





年に一度、打ち上げてきた花火も今年は小休止。


採用タイトルはもちろんのこと、金になること、金にならないこと、やらなきゃいけないこと、やりたいこと、そこら辺のバランスをもっとうまく見ていかないといけないなぁ、と。


前々から考えていることとはいえ、なかなかうまく結論が出せないので、いろいろと揉んでみる必要があるみたい。





2005年8月20日土曜日

現役復活日記 最終回:レポートアップ。



EVO2005 チャレンジ!:“絶対に負けられない戦いが、そこにはある”「EVO2005」終了――結果は……?


というわけで、レポート記事をアップして頂きました。


いきなりのネタ持ち込みを快諾してくださったカトさん、ありがとうございます。





で。


結果が非常にしょっぱいものだったので、なにを言ってもアレな部分はあるんですが、いまさらのように「やっぱり対戦ゲームって面白いなぁ」って思いました。


友達とまったり遊ぶのもいいんですけれど、がちがち勝利を目指すっていうのはやっぱりたまらない魅力があります。


そういう再認識も含めて、今回の渡航はかなり役にたったかなぁ、と。


ゲームをプレイしている方は、一度は行ってみるといいかもしれないっす。ほんとに。


ちゅうわけで、現役復活まではならなかったものの、今回の挑戦はここまで。


次回からは普通のブログに戻ります。


いろんな声が聞けて、本当にためになりました。


お疲れ様でしたー。





2005年8月19日金曜日

現役復活日記 第三十九回:結果報告。



evo001.jpg


ええと。


スッコスコに負けました。


ゲームはそんなに甘くない、というわけで。


いろいろ、ありがとうございました。


イベントレポートは、ITメディアに掲載させていただく予定です。





やっぱり、現場っていろいろなものが見えてくるので、今回の挑戦は本当にいいものが得られた、と思ってて。どういう形で昇華していくのか、まだまだわかりませんけれども。


なんらかの形でイベントをやりたいなぁ、とは思っているけれど、現状、アーケードにせよ、コンシューマにせよ見通しが立たない状態ではあるので、おそらくまだまだ先になるかと。


イベントの場合は、最低でも三ヶ月前の告知、準備期間を含めるとモロモロ半年はほしい、っていうのが正直なところなので、ずいぶん気の長い話になっちゃうかなぁ。


スポンサードやらなんやらをかき集めてくれば、単発で賞金100万円程度のイベントをやるのは簡単だけど、それが持続していかない限りは意味がない、と思ってて。月に一度じゃ多すぎるし、年に一度じゃ少なすぎるし。


喰っていける人間が生まれるためには、どんなものが必要なのかなぁ、と、日々頭を悩ませてる状態。


いずれにせよ、今回は、いろいろな形のイベントの可能性を模索できたので、いい経験になりました。





evo005.jpg


そりゃもう、BRZRKさんもこんなポーズとっちゃうくらいに。


今度はCPLかWCGに行ってみたいなぁ。





2005年8月9日火曜日

現役復活日記 第三十八回:直前更新!



昔の名前で出てみます「EVO2005 チャレンジ」:あの「HORI」がオリジナルスティックを製作――加熱するEVO2005 チャレンジ


渡航直前にアップしていただきました。


今回は、現役プレイヤーの「ハメコ。」さんへのインタビューと、ホリさんへのインタビュー。


前よりはちょっとマシなツラ……かな?


さてさて。


今日はもろもろの準備をしています。





2005年8月4日木曜日

現役復活日記 第三十七回:ギャース



杉山淳一:『鉄拳』で世界王者を目指す男~ストッキング松井が語る“プロゲーマー”とは~





プロゲーマーについて、ずっと追いかけ続けてらっしゃる杉山さんにインタビューをしていただきました。


松井の顔が死にそうです。


まるでどっかのやばいおっさんです。


知人談:「薬やってそう と言われても反論がしにくい写真です」


いやー、こういうときはもっとちゃんとした格好しないとダメですね。


反省しきり。


つか、顔むくみすぎ、オレ。





2005年8月1日月曜日

現役復活日記 第十九回:こういうのっていいよねー。



昨日と、一昨日、続けて鉄拳。

一昨日は渋谷プレイマックスへ。

鉄拳3時代のプレイヤー「ジャミロウ」と「赤坂“薬漬け”シャオユウ」と対戦。

ロウとシャオユウなんてほとんど対戦したことがないので、ボコボコにされる。

悔しいのでコインタワーを建てて根性プレイ開始(通称連コイン)。

後半はなんとか勝てるようになってきたけれど、まだまだ練習不足の感は否めない。

続けて、決戦用キャラクターのフェンを練習するが…勝てない。

さすがに、アーケード稼働から半年近くもプレイしている連中だけあって、フェン対策がしっかりしている。ここをくずせるようにならないと、お話にならないのでしっかりやらないと。

接近戦の立ち会いはなんとかなるものの、中間距離、遠距離が厳しい。

これもまた実戦あるのみ。

んで、昨日はジム帰りにコロスケ先生の携帯にメール。

送信:松井→コロスケ:「ボンゲッ」

返信:コロスケ→松井:「!!!」

武蔵小山のゲーセンにて待機していると、コロスケ先生登場。

ステキコミュニケーションだ。

ぼりぼりっと対戦後帰宅。

勝率はそこそこじりじり下がってきた……かな。

練習しているだけあって、フェンはいい感じ。

■キング   師範:152勝67敗(69.4%)

■マードック 二段: 62勝36敗(63.3%)

■ポール   初段: 37勝19敗(66.1%)

■フェン   三段: 65勝26敗(71.4%)

■ヘイハチ  二段: 42勝24敗(63.6%)

■ブライアン 九級: 8勝5敗 (61.5%)

■ジン    八級: 10勝7敗 (58.8%)

■スティーブ 九級: 6勝1杯 (85.7%)




現役復活日記 第三十六回:練習日。



先週の土曜日は、EVO2005に一緒に行くTigerGK氏、BRZRK氏と鉄拳練習。

夕方過ぎネ!って約束していたにもかかわらず夕方過ぎに起きるTigerGK氏の到着を待ちつつ、BRZRK氏と鉄拳をプレイ。

ワンパターンになりがちだった下段技のタイミングを散らすことで、かなり勝率が上がってきた感じ。

そのまま、休憩がてらバーチャファイターEVOLUTIONを起動していると、Tiger氏到着。

「おまえら何やってんだ」

「いや、EVOに行くだけにEVOの練習」

というクソ寒い会話をしていると、ゲストのジャミロウ氏、高円寺通天砲氏が来てくれたので

再び鉄拳に切り替えてモリモリ練習。

Tiger氏がBRZRK氏に心を折られていたのが印象的。

そして、Tiger号でメシを喰いにいく。

全員に500gか400gの二択勝負のステーキ勝負は圧勝で終わりました。




うーん、鉄拳練習あんまりしてないような気もする。